更新日 2026年11月1日
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は2026年10月22日、自然に関する開示の案を公表しました。基準ではなく「実務記述書」の形をとる案で、TNFDの枠組みを広く取り入れています。意見の募集は2027年2月19日までです。案の中身と、TNFD、SSBJ基準、有価証券報告書との関係を、公式の資料でたどります。
ISSBは、IFRS財団の下で、サステナビリティ開示の国際基準を作る組織です。今の基準は2つあります。IFRS S1号は、テーマを問わない開示の全般の要求です。IFRS S2号は、気候の開示の要求です。
今回の案の名前は、「IFRSサステナビリティ開示実務記述書第1号『自然関連開示』」です。文書番号はISSB/ED/2026/1です。ED(Exposure Draft)は公開草案のことで、意見を集めるための案を指します。
案は、自然に関するリスクと機会について、投資家などに役立つ情報の開示を助けることを目的にしています(案の第1項)。S1号とS2号に上乗せする要求を定めます。S1号とS2号の要求は変えません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が | 自然に関するリスクと機会の開示の要求。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4つの分野ごとに定める |
| 形 | 実務記述書の案。基準として出すかどうかも、意見の募集で問うている |
| 誰に | S1号とS2号を使う会社が、選んで使える。使うよう義務づけるかは、各国が決める |
| いつから | 最終版の公表の日から使える案。最終版の公表日は決まっていない |
| 土台 | TNFDの提言、指標、追加の手引き |
| 意見の募集 | 2026年10月22日から2027年2月19日まで(120日間) |
TNFDは、自然関連財務情報開示タスクフォースの略です。自然に関する開示の枠組みを作った国際組織です。IFRS財団とTNFDは、2025年3月に覚書を結びました。覚書は、TNFDの枠組みを土台に、資本市場向けの自然の開示を進めることを定めています。
実務記述書は、IFRS財団が要求や手引きを出すときの既存の形の1つです。基準(Standard)ではありません。ただし、作る手続きは基準と同じです。公開草案を出し、基準と同じ期間、意見を集めます。
| 論点 | 案の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| ISSB基準への準拠 | 実務記述書を使わなくても、ISSB基準に準拠していると言える | 案の第3項 |
| 使った場合の効果 | 準拠を表明すれば、財務報告への効果はISSB基準を使った場合と同じ | 質問11の説明 |
| 各国の採用 | 義務にしなくても、ISSB基準を採用した国と扱われる。義務にも任意にもできる | 案のIN9項 |
| 将来の形 | のちに基準として出す可能性がある。単独の基準か、S1号の付録などの形。その場合も意見の募集を経る | 案のIN9項 |
ISSBは、基準にしなかった理由を説明しています。多くの会社と国が、S1号とS2号を導入している途中だからです。新しい基準は、その導入を乱すおそれがあるとしています。
ISSBが比べた別の形は、S1号やS2号の改正と、新しい単独の基準です。意見の募集では、どの形がよいかを問うています。基準にすべきと考える人には、適用の日も尋ねています(質問11)。
案の範囲は、会社の見通しに影響すると合理的に見込まれる、自然に関するリスクと機会です(第4項〜第7項)。見通しとは、短期・中期・長期のキャッシュフロー、資金の調達、資本のコストを指します。影響が見込まれないリスクと機会は、範囲の外です。
| 判定の項目 | 案の基準 | 根拠 |
|---|---|---|
| 使える会社 | 初めて使う日までに、S1号とS2号を使っている会社 | 附録C第C1項 |
| 初めて使う日 | 年度の初め(期首)でなければならない | 附録C第C1項 |
| 範囲に入るリスクと機会 | 会社の見通しに影響すると合理的に見込まれるもの | 第4項、第7項 |
| リスクの種類 | 物理的リスクと移行リスク。開示で2つを分けて書く必要はない | 第6項、質問2 |
案の附録Aは、6つの言葉を定義しています。
| 言葉 | 案の定義の要点 |
|---|---|
| 環境資源 | 経済などの便益を生む可能性のある、自然環境の生物と非生物の要素。天然資源、生態系、大気の系からなる |
| 生態系サービス | 生態系が、人の活動に使われる経済などの便益にもたらす寄与 |
| 自然関連リスク | 環境資源などへの、自社と他者の依存と影響から生じる、会社への悪い影響の可能性 |
| 自然関連の物理的リスク | 会社が依存する環境資源などの質、量、手頃さの変化から生じるリスク。急性、慢性、周期的な変化を含む |
| 自然関連の移行リスク | 環境資源の変化を和らげ、適応する取り組みから生じるリスク。政策、法、技術、市場、評判のリスクを含む |
| 自然関連機会 | 依存と影響から生じる、会社への良い影響の可能性 |
TNFDの言葉は「環境資産」です。案は「環境資源」を選びました。会計の基準でいう資産の定義に、必ずしも当てはまらないためです(質問2)。
リスクと機会を見つけるとき、会社は2つのことを考えます(第10項)。1つは、バリューチェーン全体での資産と活動の場所です。その場所の自然の特徴も含みます。もう1つは、先住民族、地域社会、影響を受ける関係者との関わりです。どちらも、過大な費用や労力なしに手に入る情報の範囲で考えます。
バリューチェーンは、原料の調達から製品の使用まで、自社の事業に関わる取引の流れ全体を指します。
LEAPアプローチは、TNFDが作った、自然に関する課題を見つけて評価する手順です。案は、TNFDが2026年に出したLEAPアプローチの第2.0版を挙げています。
LEAPアプローチを使うことは、義務ではありません(第12項)。使う場合は、S1号の目的に合う形で使います。ISSBは、LEAPアプローチの言葉と考え方が、ISSB基準と全部は一致しないと述べています。
Pの段階は、TNFDの推奨する開示に沿って報告に備えるものです。案を使う会社は、案の要求に沿って開示します。このためISSBは、Pの段階が関係しにくいとしています(BC102項)。
案の要求は、S1号の4つの分野に上乗せする形です。S1号とS2号にある内容は、くり返していません。
| 分野 | 案が加える主な要求 | 根拠 |
|---|---|---|
| ガバナンス | 監督する取締役会などと経営者が、場所の事情と、先住民族などとの関わりを考慮しているか、どう考慮しているか | 第15項 |
| 戦略(リスクと機会) | 場所の事情の説明。関わる人々の集団の特定。自然と気候のリスクと機会のつながりの説明 | 第17項 |
| 戦略(ビジネスモデル) | リスクと機会が、バリューチェーンのどこに集中するか。自然と気候の影響が打ち消し合うか、強め合うか | 第18項 |
| 戦略(意思決定) | 対応の内容と計画。移行計画の一部かどうかを問わない。資源の手当て。自然と気候の対策のぶつかり合いと相乗効果 | 第19項 |
| レジリエンス | 自然のシナリオ分析を使い、戦略とビジネスモデルの強さを評価する | 第20項〜第24項 |
| リスク管理 | 場所や、先住民族などとの対話を、リスクの特定と評価にどう使うか。シナリオ分析をどう使うか | 第26項〜第28項 |
| 指標 | 自然関連リスクにさらされる資産・事業活動の額と割合。自然関連機会に沿う資産・事業活動の額と割合 | 第30項 |
| 目標 | 目標ごとに、何についての目標か、場所に関わる面、法令との関係 | 第34項 |
案の特徴は、場所を重く見ることです。会社は、情報をどの地理的な範囲でまとめて示すかを考えます。まとめ方や分け方を決めるときにも、場所の特徴を考えます(質問4)。
案の第B32項は、注意が要る場所の例を挙げています。
先住民族などとの関わりでは、案は例を示しています。たとえば、その人々が持つ環境資源を使う活動で、同意を得たかどうかです。案はこの同意を「Free, Prior and Informed Consent」と呼びます。自由な意思による、事前の、十分な情報に基づく同意を指します(第18項)。
シナリオ分析は、将来の自然の変化について複数の筋書きを置き、事業への影響を調べる方法です。案は、その会社の状況に見合った方法でよいとしています。定性的なシナリオの記述のような、簡単な方法も認めています(第B64項・第B65項)。
シナリオ分析では、次のことも開示します(第24項)。
指標のうち額と割合は、場所ごとに分けて示すこともできます(第31項)。たとえば、生物多様性に重要な地域や、水不足の地域の近くにある資産です。ISSBは、これらの指標がS2号の気候の指標に合わせたものだと説明しています。
業種を問わずに全社に求める指標は、この2つだけです。ISSBは、TNFDの「中核の全世界共通の指標」を義務にするかを問うています(質問9(d))。例は、土地の利用の面積や、水不足の地域での取水量です。案の段階では、義務にしていません。
参照する資料の扱いは、次のとおりです(第30項)。SASBスタンダードの指標は、参照して当てはまるかを考えることが求められます。SASBスタンダードは、ISSBが管理する業種別の開示の基準です。TNFDの指標は、参照してよい新しい資料として加わります。ESRS(EUの開示基準)とGRIスタンダード(世界で広く使われる開示の基準)も、引き続き参照できます。
準拠の表明にも決まりがあります(第35項〜第38項)。ISSB基準と実務記述書の要求をすべて満たしたときだけ、実務記述書に準拠したと言えます。法令で開示が禁じられた情報は、省けます。機会についての商業上の機密も、省ける場合があります。リスクの情報は、機密を理由に省けません。
| 項目 | 案の内容 | 根拠 | 決まっているか |
|---|---|---|---|
| 使える日 | 最終版の公表の日から。案では日付を空欄にしている | 附録C第C2項 | 未定 |
| 初めて使う日 | 会社が初めて使う日で、年度の初めでなければならない | 附録C第C1項 | 案 |
| 前の期間 | 初めて使う日より前の期間について、開示しなくてよい | 附録C第C3項 | 案 |
| 比較情報 | 初めて使う年度は、実務記述書の開示について前年度の数字を並べなくてよい | 附録C第C3項 | 案 |
| ISSB基準の比較情報 | 上の措置は、ISSB基準が求める比較情報には及ばない | 附録C第C4項 | 案 |
| 強制の時期 | 実務記述書に強制の適用日はない。義務にするか、いつからかは各国が決める | 案のIN9項、概要版 | 各国による |
負担を軽くする仕組みもあります。2つの開示では、過大な費用や労力なしに手に入る情報を使えばよいとしています。資産などの額と割合の指標(第33項)と、シナリオ分析(第B49項〜第B66項)です。シナリオ分析には、S2号の気候のシナリオ分析と同じ緩和が使えます。
COP17は、生物多様性条約の第17回締約国会議です。2026年10月19日から30日まで、アルメニアで開かれました。
意見は、IFRS財団の「意見募集中」のページか、電子メール(commentletters@ifrs.org)で出します。質問は17問あり、全部に答える必要はありません。出した意見は、原則としてウェブサイトで公開されます。
案には、ISSBが案を決めた理由を述べた「結論の根拠」と、付属の手引きがついています。手引きには、場所の情報の示し方の例が4つあります。
| 制度 | 案との関係 |
|---|---|
| TNFDの提言 | 案の土台。TNFDに沿った開示を続けることは、案への準備としてよい方法だとISSBは述べている。案とTNFDの提言の対応表は、IFRS財団が後日出す予定 |
| IFRS S1号 | 自然を含む、すべてのサステナビリティのリスクと機会の開示を、すでに求めている。案はその上乗せ |
| IFRS S2号 | 気候の開示。自然と気候のつながりを、まとめて示すよう求める。重複は避ける(第13項) |
| SASBスタンダード | 業種別の指標の資料。ISSBは、農業の土地利用などの指標を見直す別のプロジェクトでも、TNFDの指標を使っている |
| ESRS・GRI | 参照できる資料。ESRSはLEAPアプローチに触れ、GRI 101(生物多様性、2024年)もLEAPの利用を認めている |
| SSBJ基準 | 日本の基準。案への対応は、2026年11月1日の時点で公式資料に示されていない |
TNFDの考え方が、そのまま入るわけではありません。TNFDの提言は、投資家以外の利用者も考え、異なる重要性の考え方で使えるように作られています。案では、重要性やまとめ方などに、S1号の考え方が当てはまります(BC63項)。
ISSBは、TNFDの枠組みを採用した組織が、2026年9月時点で世界に800を超えるとしています(BC61項)。TNFDの共同議長は、評価と開示の技術的な作業を終えたと述べました。今後は、ISSBの支援と、各地での能力の育成に取り組むとしています。
SSBJは、サステナビリティ基準委員会の略です。日本のサステナビリティ開示の基準を作る民間の団体です。SSBJは案の公表を受けて、内容の案内をウェブサイトに載せました。日本語の訳は、訳し終えたら公表するとしています。
SSBJの方針では、ISSB基準が新しく出たり改正されたりすると、扱いの検討を速やかに始めます。2026年6月11日の「今後の計画」に挙がっていたのは、SASBスタンダードの修正だけです。実務記述書をこの方針の対象とするかは、公式資料に書かれていません。
環境省は、日本企業のTNFDアダプターの登録数を世界最多としています。アダプターは、TNFDの提言に沿った開示を始めると表明した組織です。環境省はTNFDと組み、企業向けの勉強会やモデル支援をしています。2026年7月10日には、LEAPの演習を含む催しを東京で共催しました。
有価証券報告書(有報)は、上場会社などが毎年出す事業とお金の報告書です。2023年1月の内閣府令の改正で、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄ができました。ガバナンスとリスク管理は、必ず書く事項です。戦略と指標及び目標は、重要性に応じて書きます。
府令の改正の概要には、自然や生物多様性に絞った記載の決まりは見当たりません。
東証プライム市場の大きな会社は、2027年3月期から順に、この欄をSSBJ基準で書きます。SSBJ基準の一般開示基準は、テーマを問わず、サステナビリティのリスクと機会の開示を求めます。ただし、初年度は気候だけを書く経過措置があります。
有報で使える基準は、金融庁の告示で指定したSSBJ基準です。ISSBの実務記述書は、この指定に入っていません。有報で実務記述書を使えるようにするか、義務にするかは、公式資料に示されていません。
Q 実務記述書なら、自然の開示はしなくてよいのですか。
A そうとは限りません。S1号は、自然を含むすべてのサステナビリティのリスクと機会について、重要な情報の開示をすでに求めています。案が定めるのは、実務記述書を使わなくてもISSB基準に準拠できることです。
Q 実務記述書の一部だけを使うことはできますか。
A 使い始めることはできます。概要版は、全部の要求を満たす方向に進みながら使い始められるとしています。ただし、準拠を表明できるのは、全部の要求を満たしたときだけです。
Q LEAPアプローチを使わないと、準拠したと言えないのですか。
A 言えます。案の第12項は、LEAPアプローチを使う義務はないとしています。使う場合は、S1号の目的に合う形で使います。
Q TNFDに沿って開示していれば、そのまま準拠になりますか。
A 案はそう定めていません。ISSBは、TNFDに沿った会社は案を使いやすい立場にあるとしています。ただし、重要性などはS1号の考え方で判断し、案の要求に沿って開示します。
Q 最初の年度に、前年度の数字は要りますか。
A 実務記述書の開示については、要りません(附録C第C3項)。ISSB基準がもともと求める比較情報は、これまでどおり必要です(第C4項)。
| 時期 | 中身 | 状態 |
|---|---|---|
| 2027年2月19日 | 意見の募集の締め切り | 決定 |
| 未定 | 寄せられた意見の検討。実務記述書で確定するか、基準など別の形にするかの判断 | ISSBが今後決める |
| 未定 | 最終版の公表と、使える日 | 案では空欄 |
| 未定 | 案とTNFDの提言の対応表の公開 | IFRS財団が後日出す予定 |
| 未定 | SSBJの日本語訳の公表 | 訳し終えたら公表 |
| 未定 | SSBJ基準での扱い、有報での扱い | 公式資料に記載なし |
ISSBは、実務記述書を出したあとの使われ方も見るとしています。そのうえで、基準として出すかを判断する可能性があります。基準にするときは、改めて意見の募集をします。