更新日 2026年11月1日
有価証券報告書(有報)には、2023年3月期から、人材の方針と指標を書く欄があります。2026年2月の内閣府令の改正で、経営戦略と結びつけた人材戦略、給与の決め方の方針、平均給与の増減率が加わりました。株主総会の前に有報を出すときに書く事項も、同じ改正で減りました。
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、人的資本を次のように説明しています。自社で働く人と、バリューチェーンで働く人のことです。その人たちの能力や経験、新しいことに取り組む意欲も含みます。
有報は、上場会社などが事業年度ごとに出す開示書類です。根拠は金融商品取引法第24条です。書く中身は、企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)の様式が決めています。有報の様式は第三号様式です。人的資本の項目は、第二号様式の「記載上の注意」に準じて書きます。
人的資本の開示は、2023年1月31日の開示府令の改正で始まりました。2026年2月20日の改正(令和8年内閣府令第5号)で、中身が広がりました。2026年の改正は、同じ日に公布・施行されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何が | 2023年から:人材育成の方針、社内環境整備の方針、その指標と目標、女性管理職比率など3つの数字。2026年から:人材戦略、給与等の決定方針、平均年間給与の対前事業年度増減率 |
| 誰に | 有報を出す会社。3つの数字は、女性活躍推進法などで公表している会社 |
| いつから | 2023年の改正は、2023年3月31日以後に終わる事業年度から。2026年の改正は、2026年3月31日以後に終わる事業年度から |
| 書く場所 | 「サステナビリティに関する考え方及び取組」と、新しい「従業員の状況等」 |
| 根拠 | 第二号様式 記載上の注意(30)、(58−2)、(58−3)。有報では第三号様式 記載上の注意⑽、(39−2)、(39−3)がこれらを準用 |
人的資本の項目は、有報を出す会社にかかります。ただし、項目ごとに、どの会社の情報を書くかが違います。連結会社は、親会社と、決算をまとめて作る子会社(連結子会社)を合わせた呼び方です。省略できる条件がある項目もあります。
| 項目(記載上の注意) | 書く範囲 | 限定・省略できる場合 |
|---|---|---|
| 人材戦略(58−2a) | 連結会社の全体 | 子会社ごとに書く必要はない(金融庁の考え方) |
| 給与等の決定方針(58−2b) | 連結会社の従業員。臨時従業員の役割が重要なら臨時従業員も含む | 提出会社の方針に限れる。持株会社は、提出会社と最大人員会社の方針 |
| 平均年間給与と増減率など(58−3b・d) | 提出会社 | 持株会社は、最大人員会社の分も会社ごとに書く |
| 女性管理職比率(58−3h) | 提出会社と連結子会社のそれぞれ | 女性活躍推進法で公表しない会社は省略できる |
| 男性の育児休業取得率(58−3i) | 同上 | 女性活躍推進法と育児・介護休業法のどちらでも公表しない会社は省略できる |
| 男女の賃金の差異(58−3j) | 同上 | 女性活躍推進法で公表しない会社は省略できる |
表の「持株会社」は、府令の言い方では「子会社の経営管理を行うことを主たる業務とする会社」です。金融庁は、会社の実態に即して判断すると答えています。独占禁止法の持株会社の要件を満たさなくても、当たる場合があるという立場です。
最大人員会社は、外国の会社を除く連結子会社のうち、従業員数が最も多い会社です。その会社の従業員数が連結会社全体の過半数を超えないときは、次に多い会社も含めます。
主要でない連結子会社の3つの数字は、有報の後ろの「提出会社の参考情報」に書けます(58−3k)。その場合は、その箇所を見るよう書き添えます。
3つの数字の省略の条件は、女性活躍推進法などの公表義務と結びついています。改正女性活躍推進法は、2026年4月1日に施行されました。男女間の賃金の差異の公表義務は、常時雇用する労働者が301人以上の会社から、101人以上の会社に広がりました。女性管理職比率の公表も、101人以上の会社に義務づけられました。
1.サステナビリティの欄の人的資本 有報の「サステナビリティに関する考え方及び取組」の欄です。人的資本を次のように書きます(記載上の注意(30)c)。
この欄の事項は、有報のほかの箇所に書いて、参照することもできます。開示ガイドライン5−16−4は例を示しています。3つの数字を「従業員の状況」に書き、それを目標と実績として使う場合です。
2.人材戦略に関する基本方針等 新しい項目です(記載上の注意(58−2))。府令は、次の2つを「具体的に記載すること」と定めています。
金融庁は、人材戦略の中身として一般に含まれると考えられる例を挙げています。人材を重視する理由、必要な人材の量と種類と獲得の方法、育て方、定着の施策などです。そのうえで、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」の経営戦略と関連付ける必要があると述べています。
給与の決定方針の例も示されています。基本給と賞与の構成、ジョブ型か職務能力型かの考え方、水準を比べる相手、決める手順などです。すべての給付を網羅して書くことまでは求められていません。
3.従業員の状況 これまでの「従業員の状況」は、有報の「第1 企業の概況」にありました。改正で「第4 提出会社の状況」の「5 従業員の状況等」へ移りました。金融庁は、経営戦略や役員の報酬等を踏まえて人材戦略を書く位置になる、と説明しています。
| 記載上の注意(58−3) | 書くこと |
|---|---|
| a | 連結会社の従業員数。セグメント情報(事業の区分ごとの情報)と関連付ける |
| b | 提出会社の従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与(賞与を含む)、平均年間給与の対前事業年度増減率 |
| c | 提出会社の従業員数。セグメント情報と関連付ける |
| d | 持株会社の場合、最大人員会社についてbの事項を会社ごとに |
| e | 臨時従業員が相当数いれば、1年間の平均雇用人員を外書き(従業員数とは別枠で示す書き方)で。従業員数の10%未満なら省略できる |
| f | 人員の著しい増減の事情、労働組合との特記事項 |
| g | 使用人だけが対象のストックオプション(自社の株を決まった値段で買える権利)や従業員株式所有制度。記載するか、記載箇所を示す |
| h・i・j | 女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女の賃金の差異 |
有報では、これらを当連結会計年度末の現在で書きます。第三号様式が「最近日」をそう読み替えているためです。
増減率の計算は府令が決めています。最近事業年度の平均年間給与から前事業年度の額を引きます。その差を前事業年度の額で割ります。
平均年間給与の算出方法は、今回の改正の対象ではありません。金融庁は、これまでどおり書くことになると答えています。従業員数の数え方も同じです。
3つの数字の書き方は、開示ガイドライン5−19−3−3が補っています。育児休業取得率は、どの方法で計算したかを明示します。労働者の人数を労働時間で換算した場合は、その旨を注記します。理解を助ける追加の情報を書き足すこともできます。
4.将来の見通しを書くとき 「従業員の状況等」に将来の事項を書くときの決まりも加わりました。将来の事項が含まれる旨と、判断した時点を書きます。結果が違う可能性があれば、その旨と要因を書きます。前提にした事実と仮定、社内で検討した手続きも書きます。開示ガイドライン5−16−2は、こうした説明があれば、結果が違っても直ちに虚偽記載の責任を負わないと整理しています。
| 改正 | 中身 | 適用の始まり | 早期適用 |
|---|---|---|---|
| 2023年1月31日公布・施行 | サステナビリティの欄の新設、人材の方針と指標、3つの数字 | 2023年3月31日以後に終わる事業年度の有報から | 施行日以後に出す有報から可 |
| 2026年2月20日公布・施行 | 人材戦略、給与等の決定方針、増減率、「従業員の状況」の移動、総会前開示の見直し | 2026年3月31日以後に終わる事業年度の有報等から | 施行日以後に出す有報で可(改正附則。金融庁の考え方) |
| 同上 | SSBJ基準(日本のサステナビリティ開示の基準)による開示 | 2028年3月31日以後に終わる事業年度から。平均時価総額3兆円以上は2027年3月31日以後 | 別の定めあり |
3月決算の会社では、2026年3月期の有報が最初の対象です。12月決算の会社では、2026年12月期の有報が最初の対象です。総会前開示の見直しを2025年12月期の有報で使えるかを問う意見もありました。金融庁は、施行日以後に出す有報なら早期適用できると答えています。
人的資本の見直しについて、公表資料で確認できた経過の扱いは2つです。適用を始める時期と、早期適用です。
3月決算の会社の場合を並べます。有報の期限は、事業年度が終わってから3か月以内です(金融商品取引法第24条)。
総会前開示の要請 2025年3月28日、加藤金融担当大臣は全上場会社に要請を出しました。中身は、有報を株主総会の3週間以上前に出すのが最も望ましい、というものです。まだ総会前に出していない会社には、その年から総会の前日か数日前に出すことの検討を求めました。
金融庁の集計では、3月決算の会社で総会前に有報を出した割合は次のとおりです。2025年3月期は57.7%でした(前期は1.8%)。2026年3月期は88.3%で、プライム市場の会社では94.3%でした。3週間以上前に出した会社は7社で、前期の1社から増えました。
総会前開示の書き方の見直し これまで、総会前に出す有報には、総会などで決める予定の事項を書く決まりでした。その旨と概要を書く必要がありました。改正後は、自己株式の取得と剰余金の配当に関する事項だけを書けばよくなりました(第三号様式 記載上の注意⑴g)。金融庁は、書かなくてよくなる典型として役員選任の議案を挙げています。
総会の後の手続きは、金融庁の留意点が整理しています。
半期報告書の書き方も変わりました。中間配当の基準日の時点で、「大株主の状況」と「議決権の状況」を書けるようになりました。
SSBJ基準との関係 SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、日本のサステナビリティ開示の基準を作る団体です。金融庁の説明では、SSBJ基準には人的資本のテーマ別の基準がありません。そのため、SSBJ基準を使うかどうかにかかわらず、府令で人的資本の開示を求めました。
SSBJ基準で書く会社でも、「従業員の状況等」の項目は必要です。サステナビリティの欄の人的資本(30)cは、SSBJ基準で同じ記載をしていれば要りません。2つの欄で中身が重なる場合は、参照の文言を付けて一方にまとめられます。
女性活躍推進法・育児・介護休業法との関係 3つの数字の定義は、これらの法令の省令から引いています。
| 数字 | 定義の出どころ |
|---|---|
| 女性管理職比率 | 女性活躍推進法に基づく一般事業主行動計画等に関する省令 第19条第1項第1号ホ |
| 男性の育児休業取得率 | 同省令 第19条第1項第2号ハ(男性の公表義務分)、または育児・介護休業法施行規則 第71条の6の割合 |
| 男女の賃金の差異 | 同省令 第19条第1項第1号リ(公表義務があるもの) |
厚生労働省の愛知労働局は、女性管理職を課長級以上の合計と説明しています。役員は含みません。公表の場所は、自社のサイトか、厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」です。
人的資本可視化指針との関係 この指針は、内閣官房の非財務情報可視化研究会が2022年8月に公表しました。2026年3月23日には、内閣官房・金融庁・経済産業省が改訂版を公表しました。改訂版は、経営戦略と連動した人材戦略の作り方と開示の進め方について、ガイダンスを示しています。
改訂版は、経営戦略と人材戦略の関係を2つの段階で説明しています。1つめは、経営戦略が人的資本に依存し、会社の投資が人的資本に影響する関係です。2つめは、そこから生じる人的資本のリスクと機会です。人材戦略を作る手順も3つに分けています。
指標は、自社独自のものと、他社と比べやすいものを組み合わせるよう勧めています。ただし改訂版は、特定の項目を一律に開示するよう求めてはいません。別紙と付録①は3月23日、付録③は4月17日、付録②は5月20日に公表されました。
ISSBの調査研究との関係 ISSBの基準のうち、IFRS S1は、サステナビリティ全般の開示を定める基準です。人的資本だけを扱う基準は、まだありません。ISSBは2024年6月、人的資本の調査研究を作業計画に加えました。
ISSBは2026年9月24日、この研究の名前を変えました。新しい名前は「Workforce-related Disclosures」(働き手に関する開示)です。12人の委員全員が賛成しました。スタッフは、次の5つの分野を追加で調べると提案しています。
スタッフは、研究の結果、IFRS S1の要求で投資家の多くのニーズを満たせそうだと報告しています。そのうえで、S1の適用の実例をもっと見てから判断したい考えです。ISSBは、この5分野について決定を求められていません。
Q 人材戦略は、子会社ごとに書くのですか。
A 金融庁は、子会社ごとに書く趣旨ではないと答えています。連結会社全体の経営戦略と関連付けて、全体の人材戦略を書きます。
Q 平均年間給与の増減率に、中央値を使えますか。
A 増減率は、平均年間給与の差を前事業年度の額で割って出す必要があります。金融庁の回答では、投資の判断に役立つなら、中央値とその増減率を注記してもかまいません。
Q 給与の決定方針と、実際の給与の動きがずれたらどうしますか。
A 金融庁は、業績などの影響でずれることもあると述べています。その場合は、必要に応じてその旨を注記することが考えられる、という答えです。
Q 給与の決定方針に、労使交渉の経緯まで書くのですか。
A 金融庁は、会社の方針として外に説明できる内容を書けば足りると答えています。社内外の検討の経緯や結果まで、逐一書く必要はありません。
Q 最大人員会社は、どの従業員数で決めますか。
A 連結子会社それぞれの単体の従業員数で決めます。数え方は、提出会社の従業員数の数え方に合わせれば足ります。最大人員会社の決算日が違う場合について、金融庁は方法を限定していません。
Q 金融庁は記載例を出しますか。
A 金融庁は、記載例を示すのは適当でないと答えています。会社の実態に合わせた開示を進めるためです。代わりに、2025年12月に公表した好事例集を参考として挙げています。
Q 総会前に出す有報に、選任予定の役員を書かないとどうなりますか。
A 総会などで役員が替わったら、臨時報告書を出します。半期報告書の「役員の状況」にも書きます。予定を有報に任意で書き、予定どおり選ばれた場合は、これらは不要と考えられる、というのが金融庁の答えです。
| 時期 | 予定 | 状態 |
|---|---|---|
| 2026年春以降 | 金融審議会のディスクロージャーワーキング・グループ(DWG)で、有報の記載事項の整理を審議。2026年5月18日の第5回で議題になった | 審議中 |
| 2026年度中 | 法制審議会の会社法制部会が、事業報告等と有報の一本化を含む要綱案をまとめる。中間試案の意見募集は4月2日〜5月22日 | 予定 |
| 時期は未定 | 金融庁と法務省が、事業報告等と有報の開示事項の対応表を公表する | 予定 |
| 2028年3月期 | 必要な場合、開示事項の共通化の府省令改正などを、この期からの適用を目指して検討 | 検討中 |
| 未定 | ISSBが、働き手に関する開示で基準作りに進むかを決める | 研究の段階 |
| 未定 | SSBJの人的資本の基準 | 予定なし |
人的資本の記載事項をさらに変える案は出ておらず、DWGの記載事項の整理の結論も、まだ出ていません。